インタビュー&レポート
特別寄稿
さようなら キャップ
編集長/瀧 春樹
当サイトの運営会社であるフレックスジャパン(株)の相談役、矢島久和さんが、令和4年1月30日に93歳でお亡くなりになりました。江戸時代からつづく家業を継いで、戦後にシャツ専業メーカーとして事業を
確立された、いわば創業者です。現役のころより、経営者というよりも、なにより現場を愛する工場の人であり、社長と呼ばれることを好まず、だれからも親しく
〝キャップ〟と呼ばれておられました。
この「わいがや倶楽部」をスタートさせるときも、よき理解者として、さまざまな支援をいただきました。
キャップからは人としての社会への人生の捧げ方と、同時に人生の閉じ方とを教えられたような気がしてなりません。
ここに、後継者たる現社長がつづられた追悼文があります。
ご一読くだされば、幸いです。
父と森将軍塚古墳

森将軍塚古墳
フレックスジャパン株式会社の、矢島隆生です。
相談役であった父・矢島久和が令和4年1月30日に93歳2か月で死去致しました。
私事ではありますが、晩年の父の習慣を少しご披露させてください。
弊社の本社は、長野県千曲市にあります。
市内山中の尾根には、NHKのテレビ番組「ミステリアス古墳スペシャル」で“天空のピラミッド”と紹介された森将軍塚という古墳があります。
70歳代半ばまでは健康のためにと1.5kmも離れた自宅と会社を歩いて通っていましたが、平地では体力の衰えを補えないと、将軍塚登りに切り替えたようです。
それからはよほど雨の強い日以外は、雪の降る日もほぼ毎日通っていました。
ただ、高齢の父を一人で将軍塚に登らせるわけにもいかず、最後の2年間は同行することにしました。ですが、私が同行できない日も、父は一人で登り続けました。
そのお陰もあって年齢のわりに足腰がしっかりしていて、92歳の誕生日にも自力で頂上に立っていました。

92歳誕生日の古墳頂上
その後は、残念ながら目に見えて衰えが進み、山頂から折り返していたものがやがて8合目、5合目、2合目へと、どんどん麓に近くなっていきました。
最後の1ヶ月は生きているのもやっとのような様子でしたが、それでも習慣は続きました。そして最後に将軍塚に行った時の写真が、結局、父の最後の写真となりました。
この太陽の光に向かって登っていくような写真を撮ったわずか半日後に、父は老衰で息を引き取ったのです。
暗示的な最後の写真を残して安らかに死を迎えられたのは、永年、森将軍塚という古墳参りを続けたお陰かもしれません。

キャップ、最後のお写真 / 老衰半日前、最後の古墳参り
森将軍塚は、春夏秋冬、自然を楽しめる場所です。
運が良ければ頂上に向かう途中の道でカモシカに出逢うこともあります。
古墳頂上からは素晴らしい眺望がお楽しみいただけます。
ぜひ一度、お越しください。

カモシカとの遭遇

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