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わいがや倶楽部

取材リポートわいがやリポート13

「親亡き後も安心して、いきいきと生きていける」

社会福祉法人 アンサンブル会

「こんにちは!」と、明るい声をかけていただきました。よく晴れたとても暑い日、彼らは1ヘクタールもある大きな農園で作業をしています。大粒の汗をかきながらも、表情はとても晴れやか。生き生きとお仕事に取り組む姿がとても印象的でした。
今回、私がお邪魔したのは、長野県伊那にある“社会福祉法人アンサンブル会”さんです。この地域を代表する障がい者施設で、知的障がいがある彼らに就労や生活の場を提供しています。さっき農園で声をかけてくれた彼らも、ここで生活を送っています。

アンサンブル会のはじまりは、娘に導かれて。

「知的障がいのある人たちの有意義な社会参加と自立を」と話すのは、理事長の小椋年男氏。自身の娘さんが障がいをもって生まれてきたことをきっかけに、最適な環境を求めて東京から長野県松川町に引っ越し、常務理事を務める奥様の雅子さんとここを始められました。
学校を卒業したあとの娘の働ける環境、生きていく場所をつくりたいと、活動を始めたのです。そして平成9年に“卒業後の働く場”として喫茶店を開きます。なかなか運営が厳しく、“自立の場”とするまでには至りませんでしたが、長野県から共同作業所として認可され運営費を得たことで、子どもたちの“居場所”とすることはできました。
「社会福祉法人アンサンブル会」を立ち上げたのは平成13年11月でした。障がいのある子どもたちをしっかり支援するには、職員の体制を整えたうえで経営がきちんと成り立つ必要があったからです。 「死に物狂いでしたよ」と雅子さん。娘がいなければ始まらなかったですし、たくさんのことが手探りだったけれど、運営や管理の視点だけではなく、障がいのある子どもの立場に立った施設づくりができた、と振り返ります。 娘を愛する気持ちが、本当の支援に繋がっていきました。

理事長の小椋年男氏 /『カフェ アンサンブル』にて

“親亡き後”に終止符を。

平成14年には「知的障がい者通所授産施設アンサンブル松川」と「グループホーム」を同時にスタートさせます。グループホームを建てるにも補助金がなく、ずいぶん苦労をしましたが、“これがあれば自立できる”という強い動機があったことで乗り越えます。仕事は農業とスイーツづくりの2本柱、そして生活はグループホーム。自らの給料と障害基礎年金で経済的に自立することを基本にしました。現在は伊那市にも広がり、日中の通所施設が4カ所、グループホームが17棟となりました。

驚くのは、みんなが家族からの金銭援助なしで生活をしていることです。ここで働く障がい者は、お給料と障害基礎年金からグループホーム利用料と給食費を払っても、月々、約5万円の自由に使えるお金が残ります。この経済的な自立達成は、“親亡き後”という最大の悩みに終止符を打ってくれました。
ただ、私たちがきちんと理解しておかなければならないのは、障がいをもった人における「自立」とは、ひとりで生活していくことではないということです。彼らが主体的、選択的に生きていける状態を私たちが作り上げていくこと、それが前提にあることを忘れてはなりません。

独創的でやりがいのある仕事と、有意な社会参加をめざして。
自立を実現するために必要な支援を最適に行う。

ここでは、障がいがあるからといって彼らの想像力を縛ることは決してしません。それは、意味のある社会参加や人生の充実を考えたとき、単純なだけの仕事では本当のやりがいや生き甲斐、達成感、自己実現といったものに繋がらないからです。
「その人のやりたいことは何か。あぁ、こういうこともできるのかと、出会わせてあげることが大切。仕事のウィングをもっと広げてあげたい」と小椋理事長は言います。

アンサンブル会の施設は、とてもおしゃれです。グループホームも見学させていいただきましたが、明るく快適な空間が広がっていました。子どもを預けるご両親も「私が住みたいわ」と話すほど。環境のよさを肌で感じることで、ご両親も希望を持つことができるのです。
障がいを持つ本人が満足すること、そしてその子の親が安心できることが重要。いかにも福祉くさい施設はつくらない。これが理事長の考えです。

アンサンブル松川第Ⅱ(多機能型施設)。 外観はカントリー風のおしゃれな建物です。現在72 名の利用者が毎朝ここに出勤してきます。 建物内にはスイーツ工房とランチ班が活動する厨房があり、スイーツショップ「パティスリーアンサンブル」があります。

アンサンブルホーム(松川第3)

プライベートがしっかり守られた部屋

オリジナル商品の開発。

職員も福祉の枠に自らを縛りません。自由な発想で仕事をつくり出し、オリジナルな商品を開発しています。
そのものづくりと事業は多岐にわたり、生産品の売上も1億2千万となりました。


<活動内容>
■ 農業班 … 野菜作り、野菜の詰め合わせセット(野菜船)の発送
■ スイーツ班 … クッキー、ケーキ、パンなどの製造・販売
■ 販売業務ランチ班 … 昼食、ホーム夕食作り
■ もの作り・木工班 … ヒノキ畳の製造、間伐材を利用した製材、木工製品の製造・販売
■ 生田班 … 薪作り中心(堆肥作り)
■ アウトドア班…野菜作り、公園林整備、薪作り
■ カフェ班 … カフェレストランの運営
■ ランチ班 … 昼食、ホーム夕食作り
■ 縫製班 … 縫製品の製作


見学させていただいた、いくつかの活動内容を紹介しましょう。
はじめに「もの作り班」が新たに発明したひのき畳を見せていただきました。広大な信州の山から切り出したひのきの間伐材を利用して「畳床」を開発、製品化し、特許も取得しています。ひのきの畳床は、自然素材でありながら、防ダニ・防カビや抜群の調湿機能を持った畳床です。いまでは国内はもとより中国への輸出も始まっているそうです。

ひのき畳の断面

一枚一枚丁寧に作ります。

パティスリーアンサンブルで使用されているテーブルセットも制作しました。

次に訪れたのは、下伊那の自然豊かな環境の下にある広大な畑です。ここでは「農業班」が野菜船(野菜セット)および給食用の野菜を作っています。さまざまな無農薬野菜が栽培され、驚くことに肥料も自分たちで作っているそうです。この日も猛暑日でしたが、汗を流し精一杯に作業に励んでいました。
案内をしてくれた雅子さんも「農薬の知識がないから無農薬なのよ。こうやって、試行錯誤しながら自分たちの力で実現していくのが楽しいんです」と笑顔でした。

収穫した野菜を選別、箱詰めして全国の野菜船会員に出荷しています。1週間で約100箱発送されます。

つづいて、少し足をのばして山間部へ。蛍が鑑賞できるほど自然豊かなこの場所では、「生田班」のみなさんが薪を作っていました。上質な薪と評判で、ホームセンターやキャンプ場、そして個人のお客様からも注文が入ります。
この作業場の裏山もアンサンブル会が所有しており、散歩道が造られ、自然の公園となっていました。休憩時間には、みんなが思い思いに過ごせる憩いの場となっています。こうした環境と支援とがあって、行動障害がある人も、日中活動に薪作りを組み込みつつ充実した時間を過ごせているようです。

裏山への入り口、散歩道

自然豊かな場所にある作業所

年間を通して、薪の生産を行い、年間生産量は2万束ちかくになります。

最後に、お菓子のお店、パティスリーアンサンブルでお買い物をさせていただきました。
ショーケースには美味しそうなケーキやプリンが並びます。私はコーヒーロールを購入。しっとり、ふわふわのスポンジに、ほろ苦いコーヒークリームがとっても美味しかったです。ここを担当しているのが「スイーツ班」のみなさんです。 設立当初から作られてきたクッキーもきれいにラッピングされています。すべてが手作りで、このお店の他に中央道諏訪湖SA(下り)や駒ケ岳SA(上り)でも販売されています。見た目も美しい季節のフルーツパイも人気です。りんごやぶどう、栗にブルベリーと、原材料の果樹生産もここでおこなっています。

“日本でいちばん大切にしたい会社”

うれしいことに、各方面から高い評価を受けているアンサンブル会は、平成28年に「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞・実行委員長賞を授賞しました。この賞は、「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者でもある法政大学大学院の坂本光司教授が会長を務める「人を大切にする経営学会」が主催するもので、平成22年度から実施されています。
障がいのある子が働ける環境をつくろうと、彼らの立場に立った施設づくりを行っていること。障がい者が働く場として農業を活用し、心と身体によい農業を展開していること。利用者からの評判も高くニーズに合わせて発展してきたこと、などが受賞理由でした。

今回見学させていただいた他にも、美味しいお食事ができるカフェや果樹園に縫製の工房など、お伝えしたいことはたくさんありますが、どこも発想が豊かで、やりがいに満ちた職場でした。なにより、みなさんが生き生きと仕事をされていたことを一番にお伝えしたいと思うのです。
こうした作業や仕事にしっかりとした手ごたえと心地のよい疲れを感じ、輝く表情を見せる彼らを眺めながら“障がいがあってもやりがいのある人生を”という、理事長をはじめとするアンサンブル会全員の気持ちを肌で感じることができました。
地域に寄り添うことで街のご協力をいただき、ひとつになる。そしてそのことが、彼らにとっても「ここにいていいんだ。ここでこんなことができるんだ」という大きな安心に繋がる。
大事なことは、どういう仕事を作り出せるかで、それを考えることがさらなる支援につながる。表面的な支援ではない、ほんとうの支援を見せていただきました。
「アンサンブル会」の活動を、より多くの人に伝えていきたいと思います。

●アンサンブル会ウェブサイト https://ws-ensemble.com/