わい
わいがや倶楽部

海外で気になることのひとつが、美容室です。“どんな髪型になるのだろう”などと好奇心をくすぐられて、入ってみたいけどなかなか入れないのがここです。
イタリアでは誰でも美容室を開くことができます。国家公務員制度がないため、資格はいらないのです。そんな開けたイタリアの美容室は、一方で楽しいおしゃべりの場でもあるようです。陽気なイタリアの一面がうかがえます。

ここで美容師をされている、森本旭さんにお会いしました。
森本さんは29才でイタリアに渡りました。ワーキングホリディでイギリスを訪れたことはありましたが、生活拠点を求めて海外に出たのは、初めてのことでした。言葉や文化、食べ物に歴史、どれも日本とはまったく違うものばかり。そこは刺激的で、新鮮な驚きに溢れていました。
なかでもそこに住む人々の考えや生き方は、彼を変える大きなきっかけとなりました。価値観の違いに悩み苦しむこともありましたが、それらを受け入れた時、自分のやりたいことが見えたと言います。

それはどんなことなのでしょうか。イタリアで感じたことを通して、彼の新しい挑戦についてお話をお聞きしました。

Vol.2 MORIMOTO Akira

森本 旭

写真家・美容師

ー フィレンツェに来たのはいつですか。

イタリアに来たのが2014年の7月で、初めはミラノでした。フィレンツェには2016年にやって来ました。

ー イタリアに来たきっかけは。

会社を辞めて落ち込んでいたことがきっかけです。
自分の力の無さを痛感していました。「迷惑をかけるばかりで、誰の役に立てるのだとうか」そんなふうに自分を責めていましたね。
それをどうにかしたかったのと同時に、夢を諦めきれないという思いもあり、海外に出ることを決めました。田舎育ちの僕は、もっと広い世界を見たいという外への憧れが強かったんです。イタリアに決めたのは、なんとなくでした。

幼い頃の森本さん
実家にて

ー ミラノでの様子を教えてください。

ミラノのオルティカというところで活動をしていました。友人や地元の人がお客さんです。スタジオに庭があったので、天気の良い日は外で散髪をしていました。それはとても開放的で、楽しかったですね。直接依頼を受けて、僕の家かお客さんの家で散髪をするんです。お客さんに喜んでもらいたい、その一心でやっていましたね。
生活の面では、言葉や文化の違いを理解するのに苦労しました。日本で良いとされていることが通用しなかったり、逆に日本では非常識な事がここでは普通だったりするので、慣れるまで大変でした。

ー イタリアに来てどうでしたか。

一番感じたことは、ここに住む人が、みんな素直な気持ちで動いているということです。自分のやりたいことをちゃんと持っています。
「君のそれいいね」とか「すばらしい意見を持っているね」って、自分にないものやお互いの違いを尊重しあっています。忖度がないんですよ。 “みんなといっしょ”なんていう考えを持っていると、逆にあまり信用されません。
そんな彼らといっしょにいて、決心できたことがあるんです。

ー それは何ですか。

写真です。10年前に友人が撮ったある写真に衝撃を受けて、そこから写真を撮り続けています。プロの写真家として活動したいけど、現実的にハードルが高すぎるし、自分には無理だろうと。なにより、どうやって仕事にすればいいのかが分からず、趣味として写真を撮っていました。ええ、すごく葛藤していましたね。どう行動すればいいのかすら分からず思い悩む日々が続いて、それに疲れた時でした。先にも言いましたが、彼らに気づかされたんです。

「素直に生きていいんだ、写真でやっていこう」って、吹っ切れました。
そう決めたらスッキリしましたし、やるべきことがどんどん見えてくるようになりましたね。

ー どんな写真を撮りたいのですか。

見たまま、ありのままの瞬間を撮りたいです。
あえて良い状況を作らなくても、その瞬間は日常のなかにたくさん隠れています。
そういう瞬間をどんどん見つけていきたいですね。
ドキュメンタリーや報道写真などもやりたいと思っています。
たいして意味はないんだけれど、なんだか見入ってしまうような作品は撮っていて楽しいですね。

ー アートが好きなのですね。

はい。
変な言い方ですが、できるだけ意味のないものが作りたいんです。

ー なんだか森本さん、輝いていますね。

日本で美容師を続けていれば、将来を心配せずに暮らせていたかもしれないですね。でも今のように素直に自由に生きていられるかといったら、違ったでしょうね。私は人の言うことを聞けるタイプではありません。みんなと歩む道が違っても、自分の目で見て、感じて、素直に生きていきたいんです。この先いろんな苦労もあると思うけど、自分で自分を幸せだなと思える日々を重ねていきたいですね。