わい
わいがや倶楽部

たぶん、サイトで初めての、連載時代小説。

第三回
依頼人の憂鬱

「明かりをお持ちいたしました」
 車座になっている四人のすぐ近くに一つの燭台を、さらに部屋の両隅に二張りの行灯[あんどん]を置いて仲居たちは退[]がった。
 ほの暗くなっていた座敷に明かりが点ると、こんどは外の暗さが際だった。
 薄闇に光が舞っている。
 [つがい]だろうか、二筋のうつくしい曲線を描いて、仲のよい蛍が[たわむ]れている。
 しばし見惚れていたら、つと摂津屋が膝を乗り出し、苦しそうに身体を二つに折った。
「ご存じかもしれませんが」
 茶碗が取り替えられたが、口を付けていない。
 気が[]いているのだろう。
「平岩屋はいま、しきりに息のかかった問屋を増やしています。一人でも自分の側に立つ頭数を増やそうと躍起なのです」
 平岩屋はとうに呼び捨てられていた。
 指摘は事実であった。丹蔵の調べとも符合する。
 手代の清四郎が丹蔵にもたらした[しら]せによれば、平岩屋徳右衛門は内証[ないしょう]のわるい問屋をほじくり出しては、みずからその仕入れ先の蔵元に出向いて横槍を入れていた。
 商いが小さい地廻りの酒問屋は、もろい。
 突然に仕入れ値が釣り上がって困り果てる問屋に近寄っては、親切ごかしに金や現物を融通[ゆうづう]しながらだんだんと浸食していく。
 しっかりと追いつめておいて、済まない、あの金は少々厄介な筋から借りていたものだと打ち明ける。いまさら頭を下げられても、金はとうに消えている。
 そのうち金主と名乗る、見るからに素性のわるそうな男たちがやってきて、刃物をちらつかせながら店と沽券[こけん]の引き渡しを迫る。
 平岩屋の名は表に出ない。
「奉行所との間に立って、まずは下り酒と地廻り酒の問屋を一つにまとめる。それからはじっくりと……」
 伊丹屋が苦しげに口を開く。 
 株仲間の創設は、下り酒の仕入れ量を低く押さえ込みたい地廻り酒問屋の大半が願っていることだ。
 新参者であれ、平岩屋がそれを成し遂げてくれるなら、文句は言うまい。
 [しゅう]を背景に、いずれ平岩屋が肝煎[きもい]りに座ることは充分に予測できるし、かれはすでにいくつかの問屋の首根っこを押さえてもいる。
「数を[たの]んで、総代か肝煎りの一人となったあかつきには、奉行所と[はか]って、江戸で扱う下り酒の割合を低く固定してくるでしょう。それが[かな]わぬなら、みずから下り酒問屋を傘下に置くことも視野にあるかもしれません」
   伊丹屋は恐れているところを口にした。
 商人同士ならまかり通る話ではないものの、奉行所の力を借りて無理にも押し通そうとするなら、あるいは押し切られるかもしれない。
  「上納金を納めることへの見返りにご公儀を説き伏せ、やがては士分格の御用商人へと駆けあがる。そのくらいの野心はあると見てよろしいのでしょうな」
 丹蔵が彼らの心配をなぞった。
 高値[こうじき]な越後縮の裾をひるがえし、小股[こまた]歩きで気忙[きぜわ]しく去っていった昨日の平岩屋の姿がよみがえった。
 もしも奴らの手が、下り酒問屋に及んできたら……。
 そのときは容赦しない。
 丹蔵が唇を噛んだ。

「それでもここまでの話は、いわば私ども内々[ないない]の損得の話です」
 心配なのは、と伊丹屋があらたまった。
「商人から競争がなくなれば、必ず手抜きの酒を高い値段で売りつづけようとする輩が台頭してきます。独占商売に守られて、互いの切磋琢磨[せっさたくま]がどこかに置き去られてしまうのであれば、どうにも世間に顔が立ちません」
   酒造そのものを身上[しんじょう]とする、伊丹屋宗助らしい懸念だった。

 上方で鍛えられてきた商人たちは、新興商人が寄り合う江戸と違って、なぜ自分たちがいまも商いをつづけられているかを、嫌というほど叩き込まれて生きてきた。この先も永く江戸で生業[なりわい]をつづけていくなら、世間にその存在を認められ、支持をいただかねばならない。
 自分たちさえ儲かればいいとする考えは、みずから悪しき結末を迎えにいくようなものであり、相容れない。
「それにしても、まだまだこれからというときに……」
 摂津屋が左右に首を振ってみせたが、あとの言葉はなかった。
 遠洋航路である菱垣廻船の成功を受け、二十五年遅れの正保元(1644)年に、酒樽専用の樽廻船がはじまった。
 こうして江戸にも大量の下り酒が運ばれるようになり、ようやく町人にも手が届きはじめた矢先だった。
 伊丹屋が指摘したとおり、結局損をするのは、以前のように粗末な地廻り酒を流し込むしかない町人たちであり、下り酒はまたもや庶民のたのしみから遠ざかっていく。
「奉行所の」
 市右衛門が静かに口を開いた。
「かりに奉行所の意向だとして、これほど大事な相談をなぜ、こちらにおられる伊丹屋さんや摂津屋さんを通すことなく、新参の平岩屋などに向けられたのでしょうか。ふつうなら、できぬこと……」
 すでに相応の金が動いている、と市右衛門は断じていた。 
 町奉行所は、江戸町人の治安と防災を預かると同時に、諸色[しょしき](物価)の安定などの経済政策にも深く関わっていた。したがって江戸町人、なかでも徳川家康の誘いを受けて早くから江戸に出た有力な商人たちとの付き合いは、おのずと深くなっている。
 いくら奉行所でも、その手順は崩せない。しかも平岩屋自身には、問屋衆を束ねきる力もないのだ。
 平岩屋でなければならぬ理由はどこにも見当たらなかった。

「お料理をお持ちいたしました」
 障子[しょうじ]の向こうで控えめな声がして、まもなく伊丹屋自慢の酒と少量の料理とが膳で運ばれてきた。
 夏が居座るこの季節は、料理人にとっては秋の味覚が出まわる前の、少々つらい時期だ。生ものは朝に上がった、すずきやいさき、あなご、あわびなどに頼りがちになる。
 それでも、上方の出である「月乃家」の料理人の腕は確かだった。
 大坂で生まれた割烹[かっぽう]の「割」は割る、切る、すなわち包丁の技量を指し、「烹」は煮炊きの腕前を表すものだ。
 奥の厨房でつくるのではなく、客の眼前に吟味した材料と自分の腕とをさらすことで鍛えられる上方の料理人は、客の求めに応じて一つの素材でいくつもの悦びを提供することができた。
「じつは、こんなことがありました」
 新鮮な肴と酒が、ほどよく調和していた。しかし摂津屋は、いまだ料理に手をつけることなく苦々しげに口を[とが]らせている。
  「差し[さわ]りがあろうかと存じますので出所は伏せますが、同業の者が柳橋の船宿で舟待ちをしておりましたところ、お武家さまといっしょの平岩屋と障子一枚隔てて隣り合わせたのでございます」
 軽く咳をした。
  「相手は気づかなかったそうですが、そのとき平岩屋はお武家に向かって内村さまと呼んでいたと言いますし、呉服橋とか、お奉行さまとかの名前が度々出ていたそうで……」
  「なるほど」
 正面から射るように、丹蔵が摂津屋を見つめた。
「で、それとなく、お出入りのお役人さまに尋ねましたところ、お武家は南町奉行神尾[かんお]備前守さまの懐刀[ふところがたな]、内与力の内村清十郎さまとわかりました」
「内与力……ということは、つまりお奉行も納得ずくであると」
「おそらくは」
 摂津屋が[]け合った。
 わずかに口に含んだ酒と戯れつつ、市右衛門は目を閉じていた。
 傷一つないすっきりとした額に、筆で一文字に[]いたようなきれいな眉がまっすぐ横に並んだ。考えをめぐらせるときの、いつもの癖だ。
   たとえ町奉行が得心[とくしん]ずくだとしても、この案件は、奉行一人で決められることではない。
 なにしろ酒の原料は、米なのだ。
 米は、この国に欠かせぬ第一の食糧であるとともに、経済政策の要となるものだ。
 徳川将軍家の旗本や御家人はもとより、諸大名の家臣たちに俸給として支給され、一方で通貨としての役割も果たしている。
 そのぶん幕府財政とも大きく関わっており、酒造りはあくまで米価の安定があってはじめて許可されるものである。
 したがってこの案件は、一奉行がかんたんに決済できるものではなく、御用部屋に陣取る老中たちの評定[ひょうじょう]にかかる性質のものだと、市右衛門は判じていた。
御前[ごぜん]……)
 このとき市右衛門の脳裏に、永くお会いしていないが、老中としていまも幕閣[ばっかく]に座る懐かしい人の姿が描き出された。
 が、ここでその名を出すことは許されない。
 おそらく酒株仲間の稟議は、まだ御用部屋まで上がっていない。
 届いていたら、なにかの変化があったはずだ。
 それでも一抹の不安はあった。あのお方も含め、多忙な執政[しっせい]たちが、どこまでこの問題の根に精通しているだろう。
「わかりました」
 市右衛門が顔を上げた。
「野放しにしておくわけにもいきますまい」
 きっぱりと言い切り、丹蔵がうなずいた。
 商人は、役人に弱い。
 いくら肚の据わった伊丹屋と摂津屋でも、いかさま奉行所が相手となれば手の[くだ]しようがなかった。なのに灘屋主従は、もう話は終ったと告げているかのようだった。
 何事もなかったかのごとく主に酒を薦める丹蔵と、終始微笑を浮かべたままこれを受ける市右衛門を、二人はしばし、ぼんやりと眺めていた。
が、はっとして、自分たちが重い荷を下ろしたことに気づくと、ようやく笑顔を取りもどし、放念して互いの杯を満たし合った。

 夜も[]けてから、南新堀一丁目の灘屋の裏口から、旅装束に身をやつした手代、清四郎[せいしろう]が忍び出た。